大使日記

日本を「第二のふるさと」と公言するフォルカー・シュタンツェル駐日ドイツ大使のブログです。もちろんドイツ語からの翻訳ではありません。大使が自ら日本語で最初から書いています。
大使が綴る日々の思いを直接聞けるまたとないチャンス。日本の皆さまへの愛を込めて。

2012年6月1日金曜日

時局懇話会



「オオゴさんは一匹狼です。どんな組織であっても、彼には魅力がありません。この人はね、自分で組織を作るものです。今日のこのような懇話会があっても彼以外誰も作れません。」と、参加者の誰かが私たちのホストをほめた。



私はオオゴさんと知り合ったころ、「一匹狼」と既に言えたのだった。ジャーナリストであったが、小さい軍事関係の雑誌に記事を出した。真の専門家で、彼に東洋安全保障について沢山勉強になったことがあった。今は彼の幅がより広くなってきた。だから彼の「時局懇話会」にはえらい人物を何人も集めて、今回知識のある教授たちに関東地震の可能性について説明してもらった。



ただ、私たち在日外国人をこういうフォーラムに招待するのは意味があるのだろうかと思わなければならない。なぜなら、私たちは懇話したい時局的なテーマが多すぎるからだ。朝日新聞の「ニュースがわからん」という解説欄を見ると、私は毎日「えっ?わからないことはこれだけだったらいいなぁ」とあきらめようの感じだ。私なら、新聞を全体的に「わからん」といい、一つの「このニュースがわかる」という理解欄があればいいかも。やはり、説明してほしい時局物が多い。全部を懇話で話そうとしたら、オオゴさんのような優れた方にも大変だろうと思う。

2012年5月31日木曜日

選挙戦の対戦相手



もうずっと前の話なんだけど、以前、ドイツの外務省でまだ課長にならない頃、ドイツの選挙に出たことがある。二年間のキャンペーンをし、私の出身地のフランクフルトのある選挙区で市民たちと話し合ったり、講演をしたり、パネルディスカッションなどに入ったりなどした。仕事の後、ボン市からフランクフルトへ走って、夜中家に帰ったり、週末妻にもついてきてもらって、祭りなどに一緒に出たとか(妻はこういうことが大嫌いだったが)。いろいろな経験をした二年間で今でも良かったと思う。
負けたのに。
といっても、対戦相手4人に一人ずつ勝っていった。しかし、もう負けられないと思うところで、突然ドイツ全国建設組合会長が現れた。組合会長に勝つはずかな。とにかくがんばっても、結局負けてしまった。
どうして今思い出すのか。例の組合会長Wiesehuegelさんは4年間ドイツの国会議員で続けたが、その後出て組合の仕事を続けた。今まで相変わらず、変化なしに。 昨日から日本訪問をして、公邸にもやってきた。
妻も見たいみたいと、嫌がったのに彼と拍手した。
コーヒーを飲みながら、ずっと前の話をした。懇話会を試してみたといえるぐらい。

2012年5月30日水曜日

大事なお客さんたち



中学校旅行で上京する学生たちが良く大使館に寄って来る。大使館の職員は彼らを案内しているから、私は彼らと滅多に会えない。時々公邸の庭園を見学する限り。



この間だけど、担当の大使館職員が私に名古屋の中学校の先生の手紙を見せた。その先生は完璧なドイツ語で「再来週宜しく」と、旅行の目的を説明した。



今日時間が空いていたから、学生たちと会った。まず、先生のドイツ語が確かにパーフェクト。三十年前に勉強し、今まで趣味として続けたらしい。そして学生 たちはドイツについていろいろなことを覚えたことがあった。歴史、風俗など。すばらしい勤勉だと思って、次回先生と同じようドイツ語もマスターしたらいいでしょう、と彼らと談笑した。
プレセントももらったよ。学生たちが手作りの素敵な折り紙品を持ってきた。



今日の題名に「大事なお客さんたち」と述べたが、それはどうしてでしょう?
当然でしょう!
今の中学生は将来の日独関係を背負う人たちだから。

2012年5月29日火曜日

歴史上初めて



フランクフルトの市長Petra Rothは活発な人。1995年からいろいろな新しいアイデアを実現した。例えば「文化とは教育」のスローガンで予算の例外的に大きな部分を劇、オペラ、博物館、美術活動などに使ってもらった。今度68歳の年でやめなければならないのだが、もう一度彼女は大好きになった横浜を訪問したかったそう。以前も時々横浜まで行ったことがあったけれども、林さんが横浜の市長になってから、二人は同じように活発な政治家として市長たちの間の関係もより親しくなって来た。昨年も姉妹都市締結を結んだ。



昨年、林市長がフランクフルトを訪問する時、Roth市長の招待にあたりゲーテハウスで食事した。歴史上初めてのこと。以前一度もそういうことがなかったらしい。
で、日曜日Rothさんは横浜に着いたが、どこで昼食しただろうか。



読者たちは横浜の三渓園をご存知と思います。その中にある大名屋敷の二階。これも歴史上初めてのこと。以前一度もそういうことがなかったらしい。
ついて行った大使も特効な経験だと思った。

2012年5月27日日曜日

Was ist Führungsstärke?

休暇中いろいろなメールをいただきました。心から有難うございました。
いろいろなコメントをこれから考えてみたいと思います。一つのことが昨年の 夏休みの時と同じように出たのだが、大使日記をドイツ語でも読みたいということでした。毎日日本語で書いて、それを後でドイツ語に翻訳するのは、もちろん 時間がかかるので無理です。理解していただけますか?
でも一つだけできると思います。これから週末の分を翌日に同じ内容でドイツ語でもう一度書きます。どうでしょうか。一度やってみましょう。



In der Vergangenheit habe ich gelegentlich vor dem Mangement-Seminar der Tokio-Uni gesprochen. Normalerweise habe ich über die gegenwärtige Lage in Europa oder ähnliches geredet, und weil es dem Englischunterricht der Teilnehmer dienen sollte, auf Englisch. Heute habe ich das auch wieder getan, weil aber heute der Abschluss des Programms stattfindet, bin ich gebeten worden, auch die Keynote-Speech zu übernehmen. Das Thema "Was ist heute Führung?" ist hochinteressant.



Es gibt beispielsweise die Geschichte vom Streitwagen des phrygischen Königs Gordios, dessen Deichsel durch einen komplizierten Knoten mit dem Joch verbunden war. Nach einem Orakelspruch würde derjenige, der den Knoten lösen konnte, Asien beherrschen. Alexander der Große schlug den Knoten mit seinem Schwert durch und begeisterte dadurch seine Soldaten so sehr, dass sie ihm auf seinem Eroberungszug bis nach Indien folgten.



Das ist eine bekannte Erzählung und sie stellt wohl das dar, was man traditionelle Führungsfähigkeit nennen könnte. Das ist kein Modell für heute. Heute ist durch die Kommunikationsrevolution die gemeinsame Basis zwischen Führenden und Geführten erschüttert. Die Informationsanalyse ist höchst kompliziert geworden und das hat zu einer Situation geführt, wo man oft sagen kann, dass es fast egal ist, ob es noch jemanden gibt, der "führt" oder nicht. Der Computer gibt eine Antwort auf die komplexesten Fragen, so dass andere Urteile oder Wahlmöglichkeiten nicht mehr in Frage kommen. Haben dann die Entschlossenheit, die schöpferische Kraft, die Beharrlichkeit, das Charisma überhaupt noch einen Nutzen?



Andererseits, wer wollte heute noch bestreiten, dass die Weltwirtschafts- und Finanzkrise von 2008/9 aus ungenügenden Erkenntnissen und überzogenem Selbstvertrauen entstanden ist?
Ich meine, dass Führungsfähigkeit heute von Urteilskraft abhängt. Ein richtiges Urteil zu fällen ist keine leichte Angelegenheit. Dieser Blog ist nicht der Ort für eine Keynote-Speech, doch möchte ich diesen Punkt auch hier irgendwann einmal näher erläutern.




Auf jeden Fall muss ich der Tokio-Uni dankbar sein. Sie hat mich zum Nachdenken über ein Problem gebracht, das für unsere Zukunft wichtig ist.

PS: Übrigens hat die Tokio-Uni zum Abendessen ganz vorzüglichen deutschen Wein serviert!

2012年5月25日金曜日

リーダシップとは何



以前、東京大学が開いているメネジメントセミナーで話したことがある。普通はヨーロッパの現状についてとか話している。参加者の英語練習のために英語で。今日もそうだったが、そのプログラムの閉幕にキーノートスピーチを頼まれた。テーマは「今日のリーダーシップのあり方とは何」で興味深い。



昔、例えば、フリギアの王、ゴルディオスのものと伝わる戦車が、非常に複雑な結び目でクビキに結びつけられていた。お告げによると、その結び目を解いた者がアジアを支配するという。アレキサンダー大王は、刀で、結び目を一刀両断にした。それを見て熱狂した兵士たちは、インド遠征に喜んでついてきた・・・



このような神話はみな知っていると思う。伝統的なリーダシップだといえるだろう。今現在、それはモデルになりえない。今日の通信手段・コミュニケーションの革命で、指導する側と指導される側の共通の基盤がゆらいでいるのだ。情報分析のプロセスは大変複雑で、結果「リーダーがいてもいなくても同じ」とすら言える状況になりかねない。コンピューターの複雑な数式が答えを出し、他の判断や選択肢を許さないのであれば、リーダーの決断力、発想の新しさ、しぶとさ、カリスマ性など何の役に立つのだろうか?2008年から9年にかけての世界経済金融危機は、「事実に対する認識不足と過剰な自信から生まれたものだった」という見方に、今日異論を唱える人はほとんどないだろう。



なら今日のリーダシップはどういうことか。
私は思うけど、判断力に頼っているのだ。が、しかし、判断力は簡単なものではない。ここはキーノートスピーチのところではないけど、もう少し、細やかなところまで説明したい。今度いつかしてみたいと思う、このブログでも。




とにかく、東大の方々に深く感謝しなくてはならないだろう。なぜなら、私を実に我々みなの将来にかかる問題について考えさせたからだ。

PS:東大は夕食に美味しいドイツワインもだしたよ。

2012年5月24日木曜日

フォスケ&フリップ



「大使」になるにはいろいろな条件がある。行き先国の言葉ができるのはその中の一つだけ。普通、ある国の滞在は3、4、5年以上にならないので、そのために
言葉を勉強するのはもったいないし。
だから、私は以前中国で大使したとき、中国語ができる大使たちが少なかった。
例外的に上手な方はオランダ大使だった。彼は大学時代にすでに有名なレイデン大学(Leiden)で中国語(クラシックも現代語も)を勉強したことがあったのだ。
たびたび彼と一緒になって長い時間に渡って中国の現状を分析してみた。非常に勉強になったと同時に、フリップと友達になってきた。妻もフリップの奥さんフォスケと仲が良くなって、いろいろことを一緒にしたのだ。残念ながら、私がまだ一年目の北京滞在中に、フォスケ&フリップはもう本国へ帰ってしまった。
ところが、今度2009年に私たちは東京へ転勤すると、突然どなたから電話があっただろう??
フォスケ&フリップ!
愉快な2年半をここですごしたといえる。良く会って、中国の話をしたし、彼らはハイキングが大好き、いろいろな所を教えてもらった。
良かった。
フリップは大震災後東京の外交官界で有名になった。どうしてか ー 彼は11日の14:45にオランダ画家の展覧会開幕式でどんなに揺れても挨拶の言葉を続けていたからだ。

しかし、彼らは私たちの前に日本に来たので、また私たちの前に転勤だ。来月、フリップはスウェーデンで大使をすることになった。
今夜、彼らと一緒に昔北京に滞在したかおる&ディトマールとジニ&アナミ(ディトマールは北京でオーストリア大使、そして今はEU大使でかおるはその奥さん。アナミは当時の日本大使でジニはその奥さん)と送別の夕食会を開いた。
次回はいつ、どこで会えるかな。フォスケ&フリップ・・・

Auf Wiedersehen!(彼らはドイツ語もできるよ!)